前頁では、以下の化学療法の代表的な副作用を説明しました。
・造血幹細胞:骨髄抑制
・消化管粘膜:口内炎、下痢
・毛母細胞:脱毛
・生殖細胞:妊孕性
ここでは、引き続き、代表的な有害事象について説明します。
・皮膚障害
・心毒性
悪心・嘔吐
がん患者の40〜70% で悪心・嘔吐が起こると言われています。
その原因は、がん、がん治療、がん以外があります。
がんが原因で起こる悪心・嘔吐とは、がんが消化管を閉塞したり、圧迫していることが原因の場合、脳転移による悪心・嘔吐があります。がん治療が原因の悪心・嘔吐は、抗がん薬治療の副作用の他にも、放射線治療によるもの、疼痛緩和のために用いられる麻薬鎮痛薬であるオピオイドの副作用として起こるものもあります。
基本的な対処方針としては、悪心・嘔吐を経験させないという、予防が大変重要です。
がん薬物治療のレジメンの種類によって、催吐リスクが分類されています。催吐リスクに応じて、適切な制吐薬を十分に用いること、悪心・嘔吐のリスクがある期間は、最善の予防を行うことが重要です。
催吐リスクが高い化学療法薬として、白金製剤の一つである、「シスプラチン」が特に重要です。
嘔吐のメカニズムとして、延髄にある嘔吐中枢が刺激されることで、悪心・嘔吐が起こります。
嘔吐中枢を刺激するもとには、いくつかあります。
・CTZ(化学受容器引き金帯)
CTZ は嘔吐中枢のそばにあります。CTZ には、BBB (血液脳関門)がありません。そのため、血中の毒物が、CTZ を刺激すると、その刺激が、嘔吐中枢に伝わり、嘔吐中枢を刺激することで、嘔吐をひきおこします。これは、毒物に対して嘔吐の反射が起こすことで、毒物から生体を守ることに役立っています。
しかし、嘔吐を刺激する薬物でも刺激され、悪心・嘔吐をひきおこすことにもなります。
・消化管
消化管は嘔吐中枢を刺激する他、CTZ を刺激して、さらに、CTZ が嘔吐中枢を刺激することで、悪心・嘔吐を引き起こします。
・大脳皮質
大脳皮質からの情報も、嘔吐中枢を刺激して、悪心・嘔吐を引き起こします。
大脳皮質は、記憶をファイリングしている部位です。そのため後述する予期性嘔吐のように、前クールの嘔吐の記憶を思い出して、嘔吐を引き起こすところに関与しています。
・前庭
内耳にある前庭も、嘔吐中枢を刺激して、悪心・嘔吐を引き起こします。
ここは、乗り物酔いで嘔吐が起こる機序に関与しています。
化学療法によって起こる嘔吐は、4つに大別されます。
①急性悪心・嘔吐:抗がん薬投与24時間以内に起こる
②遅発性悪心・嘔吐:抗がん薬投与24時間後〜約1週間の間に起こる(急性の対処が不十分な時に起こりやすい)
③突発的嘔吐:制吐薬の予防投与を行っていても突発的に起こる
④予期性嘔吐:前クールに悪心・嘔吐を経験した患者が、次クールの投与前から悪心・嘔吐をきたす
がん治療中におこる悪心・嘔吐の治療に用いられる制吐薬には、
・デキサメタゾン
・NK1 受容体拮抗薬
・5-HT3 受容体拮抗薬
・D2 受容体拮抗薬
があります。
デキサメタゾン(副腎皮質ステロイド薬)は、詳細な作用機序は不明ですが、急性にも遅発性にも有効であるため、広く使われています。
NK1 受容体は、サブスタンスP の受容体です。サブスタンスPの刺激は、遅発性悪心・嘔吐に関与しているため、NK1 受容体拮抗薬は、中等度〜高度の遅発性悪心・嘔吐に対して、使用されています。
(例)アプレピタント
5-HT3 受容体はセロトニンの受容体です。セロトニンの刺激は、急性悪心・嘔吐に関与しているため、5-HT3 受容体拮抗薬は、急性悪心・嘔吐に対して、使用されています。
ドパミンによる D2 受容体刺激は、嘔吐にも関連しています。中枢の D2 受容体拮抗薬のうち、抗精神病薬であるオランザピンは、適応外使用として、遅発性悪心・嘔吐に対して、使用されています。
上記は抗がん薬投与に伴う悪心・嘔吐に使用されています。
また、胃壁内の神経叢では、D2 受容体は胃運動に対して抑制的に作用しています。そのため、D2 受容体拮抗薬が作用すると、胃の蠕動運動を促進し、胃内容物の停滞を解消するため、制吐薬として用いられており、抗がん薬による悪心・嘔吐に対しても使われます。
がん患者に起こる悪心・嘔吐のうち、抗がん薬は、CTZ や消化器粘膜を刺激することで、悪心・嘔吐を引き起こすと言われており、麻薬鎮痛薬であるオピオイドは、CTZ、消化管粘膜、内耳の前庭を刺激することで、悪心・嘔吐を引き起こします。
また、「予期性嘔吐」については、前クールでの嘔吐の記憶を思い起こして、大脳皮質から嘔吐中枢に刺激が入力されます。
悪心・嘔吐の機序によって、適切な制吐薬を選ぶ必要があります。
嘔吐がどんな時に起こっているのか、詳細を把握することが、適切な制吐薬選択の助けになることがあります。
◯予期性嘔吐
前クールの嘔吐の経験から、また吐くのではないかという不安感が引き金になることがあります。この場合、抗不安薬を用いることもあります。
◯体動時に悪心・嘔吐が出る場合
◯悪心・嘔吐にめまいを伴う場合
前庭が刺激され、嘔吐中枢が刺激されている可能性があるため、いわゆる乗り物酔いの治療に用いる抗ヒスタミン薬が有効な場合があります。
◯持続する悪心・嘔吐
中枢性 D2 受容体拮抗薬が奏功する場合があります。
◯食後に悪心・嘔吐が出る場合
胃内容物停滞のため、消化管刺激から嘔吐中枢が刺激されている可能性があるため、消化管運動亢進作用を持つ薬が奏功する場合があります。
皮膚障害
抗がん薬の有害事象である皮膚障害について、説明します。
手足症候群(HFS)
抗がん薬によって起こる手足の皮膚に見られる一連の症状を、手足症候群(HFS)と言います。
重症化すると、日常生活に支障を生じるため、対策が必要ですが、
休薬などの処置により、速やかに軽快することから、
早期に発見した上で、適切な初期対処を行うことが重要です。
原因薬剤としては、化学療法薬のうち、代謝拮抗薬であるフッ化ピリミジン系薬、
分子標的薬のうち、キナーゼ阻害薬が代表的です。
化学療法薬による HFS と、分子標的薬による HFS は、症状の出方には違いがありますが、基本的な対処方法は、同じです。
保湿・清潔・低刺激が重要です。
治療中は、入浴時に、手足を観察してもらいましょう。
分子標的薬のうち、EGFR 阻害薬の有害事象として、皮膚障害があります。
EGFR とは、細胞膜表面にあり、上皮成長因子(EGF)を受け取って、細胞を増殖させるような信号伝達の引き金になります。遺伝子変異などによって、EGFR からの細胞増殖の指令が常に ON になることが、異常な細胞増殖の一因です。
がん細胞に EGFR が存在しており、細胞増殖に関与しているため、EGFR 阻害薬は抗腫瘍効果を示します。
しかし、EGFR は、がん細胞だけに存在するのではなく、皮膚組織にも存在しており、皮膚の新陳代謝にも関与しています。そのため、EGFR 阻害薬は、皮膚組織にも影響し、皮膚障害を生じます。
これについては、抗腫瘍効果が高いほど、皮膚障害も出やすいと言われています。そのため、患者様には、あらかじめ皮膚障害の可能性を伝え、必要な対策を十分に行うことが重要です。
EGFR によって起こる皮膚障害には、ざ瘡様皮疹、乾燥、角化・亀裂、爪囲炎(そういえん)があります。ざ瘡様皮疹が比較的早期(治療後1〜4週)に発生し、その後、乾燥、角化・亀裂が起こり、爪囲炎はさらに遅発性であると言われています。そのため、好発時期を考慮した上で、必要な対策をとることが重要です。
共通する対策として、自身でスキンケアをしてもらうことが重要です。
◯ざ瘡様皮疹
治療開始後1〜4週間目に起こりやすいと言われています。
予防法として、スキンケアをして、丁寧な洗浄(ただし、優しく)と保湿が重要です。
また、皮膚障害の発生頻度が高いレジメンでは、予防的に、抗炎症作用がある抗菌薬を投与する場合もあります。
炎症に対しては、抗炎症・鎮痛作用が期待できる外用副腎皮質ステロイド薬が使用されます。
◯爪囲炎(そういえん)
治療開始後、6〜8週目が好発時期であると言われています。
爪の周囲の発赤・腫れに始まり、肉芽が形成されることもあります。
治療法としては、保湿、外用副腎皮質ステロイド薬の塗布、ミノサイクリンの内服などが行われます。
テーピングも有効であると言われています。肉芽を離すようにテーピングしますが、圧迫しないように、螺旋状にテーピングします。
末梢神経障害
ビンカアルカロイド系薬や白金製剤などは、末梢神経障害を引き起こすことが知られています。
手足がピリピリと痺れる、ジンジン痛む、などの症状が起こります。
特に、オキサリプラチンが特徴的です。
オキサリプラチン(エルプラット(R))による末梢神経障害
投与直後から起こる可能性があり、1、2日以内に高頻度に出現する可能性があります。
ただし、低温で誘発・悪化すると言われているため、寒冷刺激を下げることが重要です。
投与中は、冷たいものに触れない、冷たいものを飲まない、冬季や冷房の効いた部屋では肌の露出を避けることについて、説明しておくことが重要です。
ただし、例えばオキサリプラチンとカペシタビンの併用レジメンの場合、
カペシタビンはフッ化ピリミジン系薬であり、手足症候群の可能性がありますが、手足が痛い時に、冷やすと、オキサリプラチンによる末梢神経障害にとっては悪影響です。レジメン全体を考えて、適切な対処方法を説明する必要があります。
心毒性
アントラサイクリン系薬は、心毒性があります。心筋細胞を障害し、機能低下から心不全を引き起こす可能性があります。
これを予防するためには、生涯累積使用量の管理が重要です。総投与量が一定以上だと、心毒性のリスクがあるため、総投与量が毒性が予想される量に達しないように管理されています。
特に、他院からの転院の場合、前医での治療歴を正しく把握することは、総投与量の管理の点からも重要です。
アントラサイクリン系には複数の薬剤があるため、力価で換算して類薬の総投与量として管理が重要です。
また、アントラサイクリン系薬は、後述しますが、「壊死起因性抗がん薬」であることも重要です。
分子標的薬にも、心毒性に注意が必要な薬があります。
HER2 は細胞表面にあるタンパク質で、乳がんの増殖に関連しています。
そのため、HER2 陽性の乳がん治療のために、抗 HER2 抗体が抗腫瘍効果を目的として使用されます。ただ、HER2 は心臓にも存在しており、心臓にある HER2 に作用することで、心機能値低下から心不全を引き起こすことが知られています。
投薬時の注意点
抗がん薬投薬時に注意すべき事項は、二つの事項があります。
◯化学療法薬:血管外漏出
◯分子標的薬・抗体薬:インフュージョン・リアクション
◯血管外漏出
化学療法薬は細胞毒性があるため、血管外に漏出すると、細胞障害を引き起こします。
細胞障害の強さによって、化学療法薬が分類されています。
・壊死起因性抗がん薬(ビシカント)
・炎症性抗がん薬(イリタント)
・非壊死性抗がん薬
壊死起因性抗がん薬の中でも、アントラサイクリン系薬には、特に注意が必要です。
治療開始前にリスク因子をアセスメントした上で、漏出しにくいような対策をとった上、
患者様には「些細な感覚の変化でも、すぐに教えて欲しい」ことを伝えておくことが重要です。
投与中は、15分おき・点滴交換の旅に、点滴速度が遅くなっていないか、刺入部の皮膚の変化の有無を確認することが重要です。
外来化学療法も行われており、帰宅後に症状が出る可能性もあるため、異常時に連絡してもらうよう、伝えておくことも重要です。
◯インフュージョン・リアクション
分子標的薬のうち、抗体薬は、投与中、または投与24時間以内に発熱などのインフュージョンリアクションに注意が必要です。
機序としては、サイトカインの放出などが関連すると考えられています。
インフュージョンリアクションの可能性が高いレジメンでは、前投薬として、抗ヒスタミン薬や解熱鎮痛薬が投薬されます。
投与時には、投与計画を厳守することが大切です(早いとインフュージョンリアクションが起こりやすい)。
この対策としても、投与中に、些細な変化でも、違和感を感じたら、連絡してもらうことが重要です。
コメントをお書きください