抗菌薬の作用機序
作用機序の重要な要素として、「選択毒性」という言葉があります。これは、細菌には毒性を示すが、ヒトには毒性がない、ということであり、抗菌薬に求められる要素です。
①細胞壁合成阻害作用
ヒトは細胞壁がないが、細菌は細胞壁を持っています。
ヒトの細胞は、ポンプなどの働きによって、細胞内外の浸透圧を調節することなどができるため、細胞壁は不要ですが、一般細菌の場合、形態を保持するために、細胞壁が必要です。
細胞壁合成阻害作用によって細胞壁が欠損すると、浸透圧で細胞の中に水が入り、細胞壁がなく形が保持できなくなり、どんどん大きく膨らんでいき、やがて溶菌(破裂)することによって、抗菌作用を示します。
したがって、一部の細胞壁を持たない細菌には、効果はありません。
例)
・β-ラクタム系抗菌薬
・ペニシリン系
・セフェム系
②核酸合成酵素阻害作用
核酸は、生命の設計図と言われており、細胞分裂の前には、核酸が複製されます。
ヒトの細胞と細菌とでは、核酸合成酵素が異なるため、細菌のみに選択的に作用することが可能です。
例)
・キノロン系
③タンパク合成酵素阻害作用
生命活動を営むためには、遺伝子情報を RNA に移し取り(転写)、その情報をリポソームが読み取って、アミノ酸を繋いで、タンパク質を合成(翻訳)しています。多種のタンパク質が多様な生命現象に関与しているます。
このリポソームは、ヒトと細菌では異なるため、細菌のリポソームに対して、選択的に作用することで、生命活動を邪魔して、抗菌作用を示すことができます。
例)
・テトラサイクリン系
・アミノグリコシド系
④葉酸合成阻害作用
葉酸とは、ヒトの体内では、(1) 核酸やタンパク質の合成を助けたり(補酵素)、(2) ビタミンB12 とともに赤血球の成熟を助けたりする働きを担っています。
ヒトは、体内で葉酸を合成することはできないため、食物から摂取していますが、細菌は葉酸合成酵素を持っており、細胞内で葉酸を合成しています。
葉酸合成酵素を阻害することで、細菌に選択的に薬効を示すことが可能です。
例)
・サルファ剤
⑤細胞膜障害作用
細胞膜はリン脂質の二重膜が主成分ではあるが、ステロールなどの脂質も埋め込まれています。ヒトと真菌では異なるため、抗真菌薬では脂質の合成阻害作用が、薬の標的の一つとして使われています。
菌交代症
抗菌投与後に起こる有害事象の一つに、菌交代症があります。
抗菌薬に共通する事項です。
まず、ヒトの体内(腸や口腔内、皮膚の表面などにも)には、常在菌がいます。
常在菌は、他の細菌の繁殖を防ぐ役割も担っています。(常在菌がいるから、通常の状態だと、病原菌が増えるスペースがないなど)
感染症治療のために、抗菌薬を使うと、病原菌はもちろんですが、常在菌も抗菌薬の影響によって減少します。その後、通常だったら繁殖力が弱くて増えることができないが、その時使った抗菌薬には負けない菌にとっては、スペースが空き、増殖できる状態になるため、増殖します。
このように、抗菌薬投与後に、ある種の細菌が異常に増殖する現象を、菌交代現象といい、
菌交代現象によって引き起こされる疾患を、菌交代症といいます。
腸内にいる、いわゆる善玉菌の一部も抗菌薬の投与によって減少し、菌交代症がおきると、「下痢」などの症状がでることがあります。
抗菌薬投与中は、副作用症状のアセスメント項目として、「下痢」に注意する場合、
・下痢の有無
・下痢の頻度
・下痢の性状
を確認することが大切です。
通常は、抗菌薬の投与が終了したら、改善するため、治療が優先されますので、服薬を続けてもらうことが大切ですが、
ただし、
・下痢が高度で、飲食もできずに脱水状態にある場合
・数日間続いている場合
・血便・黒色便が出る場合
などは、迅速な対応が必要です。
耐性菌
抗菌薬を使用するときに、耐性菌を防ぐことが、非常に重要です。
耐性菌とは、薬物に対する感受性が低く(効かない)、常用量では効果がないものを言います。
耐性には大きく分けると二つがあります。
・自然耐性‥もともと、ある薬物が効かないことです。
例えば、細胞壁を持たない細菌には、細胞壁合成阻害作用によって抗菌作用を示すタイプの β-ラクタム系抗菌薬は効かない、ようなものです。
・獲得耐性‥本来は感受性があったものが、遺伝子の突然変異などによって、耐性を獲得したものを言います。
耐性獲得のメカニズムには、いくつかあります。
①抗菌薬の不活性化
抗菌薬を分解・不活性化することで、効果を示さないようにするものです。
この代表例に、β-ラクタマーゼという酵素があります。β-ラクタマーゼとは、β-ラクタム環系抗菌薬の構造の一部を切ることで、失活(薬の効果を失わせる)させる酵素です。非常に多くの種類の β-ラクタマーゼが存在しています。
β-ラクタマーゼ産生は、主要な耐性化機構のひとつです。
※ペニシリン系薬剤には、β-ラクタマーゼ阻害薬を配合することで、薬が分解されないように工夫された製剤もあります。
②作用点の変化
抗菌薬が結合する部位の構造が変化することで、耐性を獲得する機構です。
この機構による耐性菌として、
・PRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)
・MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
・VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)
などがあります。
③菌体内の抗菌薬の低下
菌体内の抗菌薬濃度を低下させることで、耐性を獲得する機構です。
くみ出しポンプの作用で、菌体内の薬物を減少させる仕組みや、そもそも入りにくくする仕組みがあります。
薬剤耐性(AMR)対策としては、抗病原微生物薬の適性使用が重要です。(抗菌薬だけでなく、という意味で、抗病原微生物薬と書いています)
病院では、AMR 対策を進めるための実働部隊として、抗菌薬適性使用支援チーム(Antimictobial Stewardship Team, AST)が作られ、活動しているところもあります。
患者指導において重要なことは、
・必要最低限の効果のある薬を使う
・処方された薬は、最後まで飲み切る
ことを、きちんと患者様に理解してもらい、正しく使ってもらうことです。
・必要最低限の薬とは?
例えば、風邪には抗菌薬は無効であること、ウイルス感染に引き続いて起こる細菌の二次感染の治療であること、などを理解してもらうように努めましょう。
・処方された薬は、最後まで飲み切る
服薬後、症状が良くなったと思い、自己判断で中断すると、
症状は改善しても、細菌が残っていることがあり、このわずかに残った細菌の耐性化を促すことになります。抗菌薬投与によって、感染のスペースも空いているため、不十分な薬物治療は、耐性化を促すことにつながります。
「抗菌薬は、最後まで飲み切りましょう」という説明が重要です。
※もちろん、服用中に有害事象が出た場合は中止することもあります。
アナフィラキシー
抗菌薬使用後に起こる有害事象の一つとして、アナフィラキシーがあります。
これは、特に重篤なアレルギー反応であり、抗菌薬使用後に、複数の臓器でアレルギー症状が現れて、生命に危機を与えうる過敏反応です。
その中でも、血圧低下や意識障害を伴う場合を、アナフィラキシーショックといい、迅速な処置が必要です。
抗菌薬の中でも、β-ラクタム系抗菌薬は、アナフィラキシーのリスクが高い薬物の一つです。
(他に、造影剤、局所麻酔薬などが原因薬物として知られています)
対策:
①与薬の前に確認すべきこと・・・副作用歴の確認
以前に、抗菌薬使用後に、アナフィラキシーがおきたことがある人については、再投与しないことが重要です。
②与薬のときに確認すべきこと・・・様子を観察
特に、注射投与後5分は、アナフィラキシー症状がないか、注意深く観察することが、重要です。
一度目の投与後には、症状がなかった場合でも、一度目の投与の時に感作され、次に体内に原因物質が入った時にアレルギー反応が起こるというように、2回目以降に起こりやすいため、注意が必要です。
過去にアナフィラキシーを起こしたことがある人に対して、使用できる抗菌薬を選ぶ場合
①アナフィラキシーの原因薬剤は避ける
ことはもちろん、
②交差性がある、類似系統の薬剤も避ける
ことが大事です。
つまり、ある種のペニシリン系薬物でアナフィラキシーショックを起こした場合、構造が類似しているセフェム系薬剤でもアナフィラキシーショックを起こす可能性がある(交差性がある)ため、注意が必要です。
現在、問題となっている主な薬剤耐性菌には、下記のようなものがあります。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)
基質拡張型ラクタマーゼ(ESBL)産生菌
多剤耐性緑膿菌(MDRP)
※抗菌薬は、授業スライドに詳細をまとめているので、極めて大切なポイントのみ書いています。
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